Extra Draw 後編

 デュエルは楠木のペースで進んでいた。彼のデッキはドローゴールミラ。コリンと鈴香を並べ圧倒的なドロー力で恭治のパロを押さえつけていた。

 恭治も引きが悪いわけではない。初手でキャラ展開はスムーズにできているし、瑞穂も出て相手の足止めもできている。ただ、ほんの少しだけバトル破壊の引きが悪い事と、相手のドロー速度がこちらに余裕を与えてくれない。

 そしてなにより相手に降霊術が三枚行っていることが埋まらないアドバンテージを与えていた。あれほど恐れていいた降霊術もこちらの手札には来ない。もしかしたら、デッキに入れてこなかったのではないかもしれない。そう思えてしまうほど。恭治は自分の記憶にすら自信を無くしていた。

「ほらほらどうした、俺に楽しむ余裕を与えないんじゃなかったのか?」

 楠木の手が動いた。コリンと鈴香が消耗し、そこからカードが生み出される。ルミラの対戦ゲームが恭治を襲った。なすすべもなくダメージを受ける耕一。彼の上には十個のライフカウンターが置かれている。既に前衛のフランクも満身創痍だ。

 続けざまに楓の早食い。溜まらず死にかけのフランクでブロック。あっけなくダウンしたフランクは相手にさらなるドローをもたらせた。

「ほら、また手札が溜まった。こんなに気持ちのいいドローをお前はなぜ拒否する」

 その顔は恍惚で満たされている。

「TCGとはつまるところ手札を利用するゲーム。ならばドローを操るものがすべてを制する。ドローが避けられないのであれば、それを利用するしかない」

「なにが利用するだ。ただドローに飲み込まれているだけだろう」

「飲み込まれている? そうかもしれん。だが、それもできないお前はなんだ」

 楠木の手から降霊術が落ちた。四枚目の降霊術。恭治は声にならないうめきを上げた。

「ドローもする事のできないできそこないのリーフファイター。そんなやつが何を言ったところで無駄だ」

 二枚ドローして楠木はフルタップでティリアを呼んだ。それはもう勝ちを確信したかのようだ。 恭治は何も言い返せぬままに相手のデッキを調べた。そして二枚の手札から予知能力を使う。

 確かに今の彼はドローも満足にできないできそこないだった。自分がデッキに降霊術を入れてるかも定かではないのだから。

 恭治の予知能力を見て、楠木は余裕の笑みでガセネタを手コスから放った。恭治は一瞬躊躇い最後の一枚からガセネタを出す。楠木は笑みを浮べたままデッキの上から卓球をゴミ箱に落とした。

 イベントが通りながらもまったく状況は変わらない。既にバトルが場に出てしまっている以上、こんなもの一時凌ぎにもならないのだ。そして恭治の手札は空。状況は絶望的だった。

「さて、どうするよ。お前の手札はもうない。降霊術でも撃つしかないんじゃないのか?」

 楠木の嘲りに言い返す気力も無い。確かに彼には降霊術を重ねるぐらいしか勝機は残されてはいなかった。が、それも恭治には勝機とは思えない。

 既に負けを覚悟して恭治はデッキに手をかけた。 エントリー、ドロー。手にした札。コストの無イベントカード。マントを羽織った芹香の絵。

 それは見間違いようもない。降霊術のそれだった。

 ――よりにもよって。

 恭治の顔から血の気が引く。それを見て楠木にも何を引いたか想像がついたようだ。

「噂をすれば、引いたようだなアレを。だが、使えるか? ドローを恐れるお前に使えるのかよ」

 その通りだ。ドローを重ねるしか勝ち目の無い恭治にとって降霊術は必要なカードだった。だが、それも使えることができたらの話しだ。

 彼にとってそれは忌まわしい記憶の産物でしかない。特殊なドローをすれば嫌でも思い出す。あの日、妹が壊れてしまったあの時を。そして……。「さあ、使えないならそれをゴミ箱におくっちまいな。そして俺にターンを渡せ。ルミラの対戦ゲームがすべてを終わりにしてやる……」

 心臓が激しく脈打った。息が荒くなる。汗が噴き出した。

 ――ダメだ、俺には無理だ、打てない、打ってしまえば、繰り返す。

 恭治の頭をあの日の光景がよぎった。デュエルが強くなりいきがっていた。いい気になって遊び半分でドローを繰り返した。世界のすべてが自分のものだと思い、欲望の赴くままに行動した。

 ――ドローをしたら、俺は、俺は……。

 またあいつを汚してしまう。

 目の前に怯える妹の顔。自分じゃない自分。顔を張り倒して無理やりドローをさせた。何もわからなくなった妹。そして……。

 ――あんな思いをするなら二度と俺はドローなんかしない。できない。このまま俺は死んでしまえばいい。そう、死んでしまえばあの世の妹にも謝れる。今がそのいい機会じゃないか。

 恭治はそう考えるとすべてがどうでも良くなった。頭の中がどろりとした何かで埋まっている。このまますべて相手にゆだねてしまおうと考えた。そうすれば楽になれる。何も無いところにいける。ドローもデュエルも無い世界に。

 ――本当にそうか?

 恭治の頭の隅、別のところから声が響いた。

 ――本当にお前はドローもデュエルもいらないのか。

 そのとおりだと言い返した。あんなに辛いものならば彼にはいらなかった。

 ――ならば何故デッキに降霊術が入っている。何故デッキを持ってきている。

 それはたまたまだ。そう、無意識のうちに入れただけ、持ってきただけ。

 ――無意識ならなおさら。お前自身が望んだ事。お前は痺れるデュエルがしたい。至上のドローがしたい。

 そんな事は無いとは彼には言い切れない。

 ――お前はリーフファイターだ。例え今は矢尽き、翼折れていたとしても、お前はデュエルなしには生きられない。デッキはそのプライド。降霊術はその残滓。

 それでも自分には無理だと叫んだ。

 ――ならば見ろ。お前はまた無垢なる少女を殺すのか。

 視線の先には座り込む少女。妹に似た少女。

 恭治は首を振った。自分が殺すのではないと。

 ――お前が殺すのだ。妹をドロー漬けにしていながら放り出したように。またあの少女を見捨てて逃げ出すのだ。

 涙がこぼれてきた。ならば一体どうする。一枚の降霊術でどうしたらいい。そう叫んだ。

 ――決まってる。信じるのだ、自分を。自分は二度とドローに飲み込まれたりしないと。二度とか弱いものを見捨てたりはしないと。そして、自分は今必要カードを引けると。

 目の前の少女がこっちを見た。そして少しの間呆けていた後、少女はニコリと笑った。いや、それは恭治の気のせいだろう。都合のいい幻覚。それでも彼はいくらかは、こんな自分でも許してもらえた気がした。

 頭の白いもやが晴れてゆく。胸に決意を秘め顔を上げた。目の前にはイライラと何かを囀る男。無様だと、心のそこから思った。彼にとってリーフファイターというのはそうではない。

「ようやく決めたかよ小僧。さあ、さっさとエンド宣言しちまいな。それとも投了するかい?」

「うるさい」

「ああ?」

「うるさいって言ったんだ下衆が。相手のターンぐらい少しは黙ってろ」

 恭治は強く意志のこもった眼で敵を睨みつけた。

 楠木は今までと違う恭治の態度に少しひるんだが、平静を装って言葉を続けた。

「なんか開き直ったみたいだがな、どうしようと状況はかわらねえよ。それとも、その手札の降霊術が奇跡を起こしてくれるって言うのか?」

 恭治は何も言わず、降霊術の使用を宣言した。

「ひとつ教えてやる」

「あ?」

「奇跡って言うのは起きるものじゃない」

 オレンジ色のカードをゴミ箱に送る。

「起こすものだ」

 そう言ってデッキから二枚ドローをする。その瞬間、恭治の頭はクリアになった。数年ぶりの快感。よどんでいた頭が澄み渡り。すべてを見通せる気がした。手にした手札を見て一枚のカード使った。再び降霊術。

 楠木がひとつ舌打ちした。

「重ねたかよ」

 再び恭治の手札に二枚のカードが加わった。そしてカードをゴミ箱へ。そのカードは臨時収入。「臨時収入を使用する。そして会場閉鎖と大雨を使用したいが」

 楠木は歯噛みして悔しがった。手札には二枚のガセネタ。しかしコストは無い。先ほどの予知能力の時に使ってしまった。

「バカヅキが!」

 そう言って楠木は吐き捨てた。

「そう思うか、ならお前は二流だ」

 恭治は覚めた目で見つめながら言った。

「なに!?」

「必要の無いキャラを出して、ガセコストも貯められないお前は二流だって言ったんだよ」

 そう言って瑞穂を消耗。楠木のデッキを調べた。少し考えてから並べ替えデッキの上に置いた。

「エンドだ」

 楠木は怒りで顔を真っ赤にしながらも何も言い返せないままエントリーに入った。

 ドローは転機。それを見て楠木はにやりと笑った。

「転機を使用だ。見ていろ、ドローが俺に力をくれる」

 恭治はさっきまでと同じよう、それを覚めた眼で見つめている。

 ニヤニヤと笑みを浮べた楠木が引いたものは付け焼刃だった。

 ひとつ舌打ちをして、今度はいきあたりばったり。引いたのはコリン。

「ぐ……」

 楠木は頭から湯気も出さんばかりだ。歯軋りをしながらデッキを睨みつけている。

「なんで転機を渡したかも考えられないか」

 恭治の言葉に楠木は顔を上げた。

「場にバトルが出てない状況で転機を渡す意味ぐらいわかるだろう」

 一瞬、楠木の顔が青ざめた。

「よっぽどこちらの手札に余裕があるか、さもなければ他がすべてバトルか、だ」

 恭治のあまりの冷静な言いように、青くした顔を再び真っ赤に染める。刺すような視線で恭治を一度見ると、鈴香を消耗して配達を宣言した。

「イベントだ!」

 恭治は意外そうな顔をした。

「いいのか? 今欲しいのはバトルだろう」

「黙れ! 引く確率はイベントの方が高い」

 楠木は意地になってデッキをめくった。現れたのは赤いカード。対戦ゲームだった。

「バトルだな、さてどうする? 何も無ければこっちのエントリーに入りたいが」

 もうその男には言葉も無いようだった。うつむいてただ一言、「エンド、だ」と呟いた。

 恭治は黙ってキャラを待機状態にしてデッキから一枚引いた。

「さっき言ってたよな、ドローがどうしたって」

 楠木がその声に反応して顔を上げた。

「確かにドローは利用するものだ」

 恭治の手が動き耕一が消耗された。

「そして、お前はドローに飲み込まれているよ」

 そう言って恭治は手札から相田響子を呼び出しターンをエンドした。

 まだデュエルの結果は未知数だ。だが恭治には自分が負ける気はしていなかった。そして楠木自身にすら、この闘いの天秤がルミラに傾く事は無いと感じられていた。

§

 潮風が熱くほてった体に気持ちいい。恭治は大きく伸びをして海の匂いを体いっぱいに取り込んだ。

 埠頭に打ち付ける微かな波のリズムが心を落ち着けていく。デュエルの最中に高ぶっていた感情が治まっていくのを感じ、ひとつ息をついた。とりあえずは心配していた狂おしいまでのドローへの渇望はない。

 これからどうするか。恭治の死体が無いことはすぐに組に気づかれるはずだ。そうすればこの惨状を作ったのはすべて恭治のせいになる。裏切ろうとした取引相手にとっても、すべての責任を押し付けられる都合のいい存在だろう。そうなれば双方から命をねらわれる羽目になる。それでも組に連絡してすべてを話す気にはなれなかった。それは残った女達をすべて地獄に落とすということだ。そんな真似はとてもできない。

 そうなるとほとぼりが冷めるまでどこか遠くへ逃げるしかない。幸い恭治には既に肉親はいない。恋人と呼べる存在も無ければ友人も少ない。身軽な身がこんなときにはいい方に働いた。

 とりあえず自身の身の振り方を決めると、彼は肩の力を抜いた。入り口の壁に寄りかかって空を見上げる。

 空には冴え渡る満月。青い月は神秘的に輝いてこの世のすべてを照らしている。

 冷たく光るそれを見て恭治は小さく震えた。デッキから降霊術を取り出して月明かりの下で眺める。心の奥の声は自分をリーフファイトから逃れられないと言っていた。どこまでも戦いつづける事を望む心。それは狂っているとはいえないのか。

 恭治は降霊術を使ったときの、目の覚めるような感覚を思い出していた。あの時、自分は確かにあの行為に快感を覚えていた。ドローに対して執着を見せる事の無い自分。それは既にこの心が狂ってしまっているせいではないのか。

 恭治は首を振った。考えても仕方が無い。思いつめればそれだけ心の泥中に身を浸すだけだ。今は自分を信じるしかない。

 恭治は立ち上がった。そろそろ行かなくてはならない。木島達は今日、事務所に戻ることになっていた。向こうで騒ぎ出される前に遠くへ行かなくてはならなかった。

 立ち上がって尻の汚れを払う。中に入り気絶している楠木に猿轡をかませきつく縛り上げた。

 恭治は彼を殺さなかった。生かしてあげたというよりは殺す勇気がなかったという方が正解だろう。その代償にとして財布と車の鍵を手に入れていた。財布の中身は意外なほどの金額があった。これで当面は生活には困らないだろう。

 一通りの仕事を終えたら、前だけを見つめて再び出口まで歩く。入り口の扉に手をかけて閉めようとすると、自然に倉庫の中が目に入った。

 女達にはここを動くなといい含めてある。どれだけ理解したかは知らないが、どうせ外から鍵をかけてしまえば出られはしない。

 ここを閉めてしまったら、恭治は警察に連絡するつもりだ。通報で駆けつけた警察に彼女達は保護され、施設へ入れられる事になるだろう。それはこのまま売り飛ばされ、誰ともわからない男の慰み者になるよりはマシなはずだった。

 楠木も一緒に連れられて、そのまま法のもとに裁かれることになる。逃げなのかもしれないが、自分が手を下すよりも正式な場で裁かれることが正しいことのように思えた。

 そこまで考えると恭治ひとつ息をついた。そして目をつぶって扉を動かす。重い引きずる音とともに徐々に隙間が狭まっていく。この扉が閉まってしまえば、あとはもう別の世界が互いに訪れる。それは恐らく一生交わる事は無いだろう。だが、それでいいのだと自分に言い聞かせ、扉を引く手に力をこめた。

 と、世界が閉じられる前に、シャツの裾を引っ張られた。

 「あー、うー」と声がする。誰であるかはわかっていた。そして声を聞けば姿を見れば自分がためらってしまう事にも。

 だが、駄目だ。今の恭治に彼女を連れて行く権利などは無い。余裕も無い。今から当ての無い旅に出る自分に、ドロー中毒の、しかも心の壊れた少女の世話などできるはずもなかった。

 このまま警察に引き渡し、施設でちゃんとした更生プログラムを受けたほうが彼女のためになる。人買いに連れ去られるような子だ。身寄りは恐らく無いだろうが、保護司か何かに引き取られるだろう。そうすれば本人の努力次第でまともな生活にありつけるはずだ。

 恭治は目を閉じたまま彼女の指をつかみ、そっとシャツからはがしてやった。手探りで頭をさがし撫でてやる。何日も洗っていない油とふけにまみれた頭髪の感触。だがそれが少しも不快だとは思わなかった。

「俺は遠くへ行かなきゃならない。だからお別れだ」

 そう言ってまた頭を撫でた。彼女の頭が後ろに少し動いた。見上げたのだろう。それがわかったから、目はそのままに微笑んであげた。

 するとそれがいけなかったのか、彼女はさっきとはうって変わって強く裾を握り締めてきた。

 苦笑して握った指を剥がそうとする。

 だが、思ったよりも抵抗が強い。改めて、今度は強く引き剥がそうとした。

「あっ!」

 その瞬間、手が払われた。腕に熱い感覚。爪が皮膚を削ったのだろう。少し血が出てるかもしれない。

 あまりに強い抵抗。それが信じられず、思わず恭治は目を開けてしまった。見てはいけないと誓っていたのに。だから、その先にあるものを唖然として見つめることになってしまった。

 少女が泣いていた。

 ほんの少しだけ目じりに涙を浮べて、恭治をにらみつけながら、だからこそより悲しく見せて、少女は泣いていた。

 思わず、恭治は少女を抱きしめた。

 彼女は怒っていた。なぜ自分を置いていくのかと。自分を見捨てて行ってしまうのかと。

 怒っていた。あの時捨てた妹のように。

 そう、誓ったはずだ。自分はか弱いものを見捨てないと。

 だから、自分にすがってくるこの少女を置き去りにはできない。それは勝手な思い込みかもしれない。そしてすべての女達を救う事もできない。だが自分を頼りにしてくれる人がいるなら、その人だけは自分の手で守ってやろう。それが身勝手でちっぽけな自分にできる最大の償いだと、そう思った。

「そうなのかな、美由紀」

 自分が不幸にしてしまった妹の名を呟いて、恭治は一滴だけ涙をこぼした。

 しばらくは胸の中で大人しくしていた少女も、すぐにむずがって腕の中で暴れ始めた。

 恭治は慌てて離れると服で手をぬぐってから、抱きしめるかわりにそれを差し出した。少女に向かって真っ直ぐと。

 少女は恐る恐る恭治の顔を見上げた。怯えと期待の混じった顔。

 恭治は今度は目を開けたまま、思い切り微笑んでやった。自分の気持ちが伝わるように。何年か忘れていた心からの笑みを少女に送ってやった。

 少女はそれを見てぎゅっと手を握ってきた。荒れてかさかさになった肌。それでも手のぬくもりは暖かい。

 その手を引いて恭治は歩き出した。冴え渡る月の下。少女と二人で歩く。

「そうだな、まずは名前だ。お前の名前は?」

 恭治は微笑みかけてたずねた。だが、少女は首をかしげている。

「なまえ。おーなーまーえーは?」

 思い当たったらしい。恭治を見上げて答えた。「みゆき」

 恭治は苦笑した。さっきの自分の言葉を聞かれていたらしい。

「そうじゃない、お前の名前だ。なーまーえ」

「うー、みーゆーき」

 だが、頑として少女は自分の主張を代えようとしなかった。

 恭治は困った。本当にみゆきなのかも知れないが、さすがに妹の名で呼ぶのは気が引けたし、なにか少し恥ずかしい。

「そうか、じゃあ、お互いの間を取ろう。お前の名前は美紀だ。それに決まった」

「みーき?」

 少女はほんの少し首を傾けて、言った。

「そう、お前は今日から美紀だ」

 そういうと、少女――美紀はにっこりと笑った。 向日葵のような明るい笑顔。美由紀の穏やかなものとは少し違う、でもとても気持ちのいい、鮮やかな笑顔だった。

「みーき、みーき」

 楽しそうに手を振りながら歩く。繋いだ手が離れそうになって、恭治は慌てて掴んだ。

 これから辛いことがたくさんある。彼女の笑顔がかげる時はすぐ来る。ドロー中毒を抜かなければならない。想像を絶する苦しみだ。そしてそれは自分も同じかもしれない。

 それでもこの手のぬくもりを覚えている限りなんとかやっていける気がした。いつか離してしまったこの手をずっと握り締めていよう。そう恭治は、胸に強く深く刻み込んだ。

ExtraDraw 了

back